見えないロボット
ふと思い立って、Wikitopia Projectのサイトにブログを追加することにした。しかしこれといって書くことがないので、最近暇に任せて(仕事が暇というわけではなく、単身赴任で京都にいるため休みの日にやることがないのだ)作ってみたおもちゃのことでも書いてみよう。
昨年の暮れ、自宅用にBambu Labの3Dプリンタを買った。3Dプリンタは、「次世代の産業革命」などと過剰なまでに持て囃されていた一時期と比べるとそれほど注目を集めなくなった印象だが、市販の製品の性能は確実に向上している。中でもBambu Labの製品は特に完成度が高いと評判だ。自宅用に買えるレベルの安価な3Dプリンタというと、昔は購入後に手動での面倒な調整を繰り返して初めてきれいにプリントできるというのが常だった。時間とエネルギーを注ぎ込む意志のある、DIY精神に富んだホビイスト向けの製品だったのだ。だが、Bambu Labのプリンタはハード・ソフト両面において出来が良く各種調整も自動でやってくれるので、一般的な家電と同様、誰でも簡単に扱うことができる。
僕が買ったのはA1という、Bambu Labの製品群の中でも安い方のプリンタだ。構造上、高級モデルと比べると使用できる素材の種類が限られてしまうが、どうせPLAくらいしか使わない予定だからこれで十分だ。ABSなど強度や耐熱性に優れた素材は往々にしてプリント中に有害なガスを発生したりするので、自宅でプリントすることには少し抵抗がある。PLAだって無害という保証はないが、こちらは換気に気をつければ多分(?)大丈夫だろう。廉価品とはいっても、プリントの精度や速度、使い勝手などの面で妥協はない。Bambu Labはドローンで有名なDJI出身のエンジニアが作った深圳の企業だが、なるほど制御のプロが関わっているなと思わされる点がちらほらある。Unitreeのロボットなどを見ても思うことだが、最近の中国企業の技術力は本当にすごい。
ということで、Unitreeに勝つことは無理だとしても、せっかく3Dプリンタを買ったのだから僕もロボットを作ってみることにした。こちらが完成したロボット、その名もInvisibotだ。
https://www.youtube.com/watch?v=x1M7S4huDSM
世界初!完全に透明なロボットの開発に成功しました——などと主張しているが、ご覧の通り実際に透明なロボットを作ったわけではない。というか、実際にロボットを作ったわけでもない。ソレノイドを使って、ブロックの表面に足跡を作り出し、何か透明な存在がその上に立っているように演出しているだけだ。赤外線通信によってブロックからブロックへと足跡が移動するようになっているので、多少想像力を働かせれば、透明なロボットがぴょんぴょん飛び跳ねているように見えなくもない。これを透明ロボットと呼ぶのはちょっとした詐欺だろうが、休日に遊びで作れるものなんてこんなものだ。(ちなみに、この透明ロボットのアイデアには元ネタがある。アントニー・ゴームリーの彫刻だ。ゴームリーは人体を象った彫刻を数多く発表しているが、ここでは人体そのものではなく、人の周りの空間を彫ることで人体を表現している。面白い!)
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このように早速活躍している我が家のA1だが、つい数日前、これに加えてVORON 0という別の3Dプリンタも購入した。こちらは研究用に買ったもので、A1とは打って変わって随分手のかかるプリンタだ。そもそもキットから自分で組み立てなくてはならない。その分、中身を好きに改造できるというのがメリットで、3Dプリンティング技術自体の研究をやる場合はこの方が都合がいいのだ。
Wikitopia Projectでは以前から、Printable Gardenという名前で「庭の3Dプリント」を目的とした研究を進めている。建物を丸ごと3Dプリントする試みが話題になり始めた頃、「それならばこちらは庭園や公園をプリントしよう」といったシンプルな考えから始めた研究で、東京にいた頃にはよく合羽橋近くの作業場で朝から晩まで実験していたものだ。研究を進める中で、合成ゴム系の特殊な樹脂素材を使って細かな3次元のメッシュ構造をプリントすると、それが多様な植物が育つ培地として機能することがわかった。そしてこの発見を軸に、PC上で「庭」を設計しそれを3Dプリンタで出力する一連の技術を開発し公開デモを行ったり論文を発表したりしたが、その後どうにも行き詰まってしまい、ここ数年はこれといった進捗がなかった。
行き詰まった理由はいくつかある。まず第一に、建物を3Dプリントする試みに触発されて始めた研究だったため「巨大スケールでのプリント」にずっと固執していたのだが、最終的に考案できた手法はプリント速度が遅すぎて、鉢植えかちょっとした花壇程度の大きさまでにしか現実的に適用できないのだ。一般にあまり出回っていない特殊な樹脂素材に依存していることも、普及を考えると大きなネックだ。PLAなどと比べると随分扱いづらいし、多種多様な素材がフィラメント形状で販売されていた3Dプリンタブームの最盛期とは異なり、現在ではペレットから自作しなくてはならない。面白い研究ではあると思うし、発表した論文も少しは引用されているようだが、実用化への道筋が見えなくなってしまったのだ。
そういったわけで少々新しいアプローチを模索したいと考えていて、その手始めとしてVORONを購入した。今回開発を目指す技術は、あくまで一般的な素材、一般的なプリンタを用いて、鉢植えサイズ程度の「庭」を3Dプリントするというものだ。しかし今回の「庭」はただ培地に植物が生えているといったものではなく、特定の昆虫や小動物、鳥類などの生息環境として機能する、いわゆるビオトープだ。よくある路上園芸のように、小型ビオトープをプリントし自宅の軒先やら屋上やらに設置することで、地域の生態系の保全や改善に誰もが貢献できる未来を実現したいと考えている。少し大袈裟だが「3Dプリント可能な自然」という意味で、Printable Nature(透明ロボット同様、詐欺のような名前だ!)と名付けてみた。七転び八起きなどとも言うし、一度や二度行き詰まったくらいで諦めないことが研究者にとっては肝心なのだ。